【守・破・離】
「守・破・離」とは
江戸時代の茶道の大家が言い始めたもののようですが、習い事をする上での心構えと言うもので、その後広く日本の武芸に使われるようになりました。
この考え方は、既に武芸・スポーツに留まらず、ビジネスの仕事を習得する心構えにも応用されております。守・破・離とは、下記の3段階をいいます。
「守」まず、師からの教えを忠実に学び、型や作法、知識の基本を習得する第一段階。
「破」経験と鍛錬を重ね、師の教えを土台としながらも、それを打ち破るように自分なりの真意を会得する第二段階。
「離」これまで教わった型や知識にいっさいとらわれることなく、思うがままに至芸の境地に飛躍する第三段。
【パンチを有効にする角度】
相手に対して直角、90度になる角度でパンチを打ち込むと、力が流れることなく、しっかりとダメージを与える
事ができます。
しかしボクシングは、基本姿勢で元々半身で構えているのでそのままでは直角に打つことができません。
なのでオーソドックス対オーソドックスの場合、当たる角度、当たる面積の大きさから、基本は左周り
で相手の周りを移動することになります。
必然的に左のパンチは有効となり、相手により近い、前の手を多く使う事になるのと同時に、距離を測ったり、また
リズムをとったりする事もできるので、ボクシングでリードパンチ、左の手が特に重要
というのはこういうところでも意味があります。
【パンチの質】
「キレるパンチ」や「重いパンチ」と言われるものがありますが、主にキレるパンチは引きに重点を置いたパンチであり、威力を相手に「置いて来る」という感じのもので、逆に重いパンチは引きを考えずに「力強く打つ」
というイメージです。
これらは何処に打つかによって、使い分けるのがポイントです。
頭部には、重い質のパンチを打ったとしても、首の筋肉で威力を吸収し、威力を逃がしてしまう事になるので、 頭部に対しては「引きの早さ」に重点を置いたパンチの方が有効
です。
腹部においては、腹筋や周りの薄い脂肪などで厚く覆われており、引くパンチではダメージを与える事は難しい為、ボディに対しては「威力」に重点を置いたパンチの方が有効
と言えるでしょう。
【力の逃がせる方向】
右からの衝撃は左に。左からの衝撃は右に。正面からの衝撃は後ろに。上からの衝撃も貰う時に膝のクッションをしっかり使えば下に力を逃がせます。ボディもパンチが来るタイミングで体を「く」の字にしたり、手で払いのけたりと上手く逃がす事も可能です。
【防御の意識】
パーリング、ダッキング、ブロッキング、ウィービング、スウェーバックと色んな防御方法がありますが、ボクシングに限らず、格闘技においての本当の防御とは「攻撃につながる防御」
といえるでしょう。防御は防御だけでは役には立たず、ポイントにもなりません。
「守る」のではなくて「受ける」。攻撃につながる防御をしっかりしていれば相手の攻撃1回につき、1回攻撃の主導権を握れるのでボクシングをする上で有利になります。ボクシングでは「攻防一体」になっている事が大事です。常に攻撃を想定した防御をマスターしましょう。
【「見る」のではなく「感じる」】
相手のパンチが来てから避けるのでは基本的に遅く、ディフェンスでは、打つ前のちょっとした
予備動作、動きの癖、リズムを読むこと が重要になります。
「ボクシングでは動体視力が重要」と言いますが、それ以上に先の動きを読む眼、全体を捉える眼、過去の経験からくる勘、嗅覚というものの方が重要だと考えます。
それには一点ばかりを見ていては駄目だし、全体をぼんやり見つつ、
感覚的に捕らえる眼、動物的な勘、危機察知能力というべきか、そういう類のものが必要になってくると考えます。
また、相手の心理状態を見抜く事も重要です。
【「打つ」から「当てる」へ】
反復練習で、パンチを「打つ」という動作が身に付いた段階になると、次のステップとしてパンチを「当てる」
という意識の練習を心がけねばいけません。ある程度防御が上手い人間に、単純にパンチを「打って」いっても、実際のところ 当たりません。「当てる」為にはフェイント等も有効です。
打つ振りをするフェイント
はもちろんのこと、一定のパターンのコンビネーションを打っておいて、ここぞという場面でパターンを変えるという「慣れ」の意識を利用したものもフェイントになります。また、スピードに変化、緩急をつけたり、ラウンド中に
リズムを変えるといった事もパンチを当てるといった事も非常に重要です。
【次のパンチに意識を置く】
前のパンチを打った時に次のパンチを打つ準備、意識を持っておく、というのは大切な事だと思います。
例えばワンツー・フックを打つ場合、ツーの時に、ツーに意識を置くのではなく、次のパンチであるフックに意識を置く。そうする事で、うまく反動・体のバネを効果的に使えます。
つまり腰や体の回転で打つので効くのです。
またそういう意識を持つ事で、自然と体にリズムも出てきます。
【ガード一辺倒ではなく避ける事も必要】
実戦では、防御でガード(ブロック)ばかりだと相手にリズムを与えてしまう
事にもなります。
時には避けて、相手のバランスを崩したり、疲れさせたり
する事も必要です。
防御では、ガードと避ける事、上手く両方を使い分けましょう。
【リズム】
ボクシングでは「リズム」
が特に重要なスポーツです。相手のガードの上からでもいいので、ポンポンと軽く叩く事で次第にリズムが出てきます。強・強・強、と、ついつい強いパンチばかりを打ってしまいがちになりますが、やみくもにパワーパンチを打つのではなく、弱、中、強、とパンチに強弱、変化を付けて打つようにすればリズムを掴みやすいです。
ガードの上へは軽いパンチを当てておいてリズム、タイミングを掴み、開いたところ、又は開きそうなところへ強いパンチを打つなどすると効果的です。
【体に覚え込ます】
ボクシングは1回復習したからといって忘れない類のものではありません。表面的なものでなく、体の奥底の深い部分に覚えこませるので
相応の時間
がかかります。これは、例えば自転車の乗り方とも大変関係があります。自転車の乗り方を一度覚えると何年も乗らなくても忘れることはありません。
脳の中で一番強固な領域
に記憶されるからです。スポーツにおける天才の多くはこの仕組みを利用しています。イチローや松井選手は、無意識の内にヒットを打っています。つまり「体」が覚えている
のです。表面的なものではなくて、スポーツではこの無意識で行なえる深いレベルまでの習得
を目指しましょう。
【何が大切かって、休まずにやり続けること。それが努力ってもの】
例えば、ロードワーク。一日に何キロ走るとか、距離の問題よりも、「毎日」
続けることの方が大切だという。このことは単純な話なようで深い。ある日、仮にやる気がみなぎって50キロ走ったとする。周囲からすれば、「おお、それはすごい!」となる。話としては“派手”な話である。一方、一日5キロ走る。それを毎日欠かさずに走る。毎日毎日。この話はどうか?話としては、あるいは“地味”
な話かも知れない。
しかし、前者よりも後者の方が、花形進は大切だと語る。また後者の方が、前者よりも数段難しいことは、何かに本気で取り組んだことのある人なら誰でも理解出来るだろう。何が難しいかって、「やる気がある時に“やる”」よりも、「やる気が起きない時に“やる”」方が余程難しいという事。
「"5度目"の世界挑戦でチャンピオンになった花形進」
【体を動かすのは「心」だ!】
一流選手は心技体のなかで一番大事なモノは「心」
と答える。そう思えないのは一流ではないということだ。どんなに練習をして上手になっても、「疲れた」と思ったとたんに体は動かなくなる。「疲れた」「もう腕が上がらない」「負ける」「もう勝てないかも」・・・心が折れると体は動かない。
「こんなもんで疲れてられるか!」「勝つとか負けるとかそんなもん関係ない!やってやる!」 こう思えるように心を鍛える。そして心についていけるように体を鍛える。「心」は時として運動生理学を凌駕する。その心の強さを作るには、「ばててからが練習」を常に実践しておくしかない。
【ラッキーパンチは存在しない】
「運は確かにある。 その運が勝たせてくれることもある。
でも運は死ぬほど努力をした人間にしか味方をしてくれない。」
昔ボクシング雑誌で、「ボクシングというものにラッキーパンチというものは存在しない」という言葉を見たことがあります。
これってどういうことなんだろ??と一瞬思いますが、
それはこうです。
「偶然当たったようなパンチでも、それはその人間が死ぬほど努力して身に付けたパンチであり、人を倒すことのできる洗練されたパンチなのだと。もしこれが熟練者と素人ならば偶然すら起こらない。」
というようなことが書いてありました。
運を引き寄せるにも努力しないといけないということです。
努力もせずに急にふと運だけが巡ってくることはあり得ません。
パンチも一発一発に「魂」を込めて打つ事が大事です。
「魂」「気持ち」、を込めることによってこそ、パンチは磨かれていくものです。
【「型」にとらわれすぎてもダメ】
強くなろうと思えば、やはり「実戦」が一番の練習になると思います。
基本の動きをマスターし、体力共に問題ないと判断すれば、希望者には実戦練習を取り入れます。実戦を行なえば、動きの反省→修正→また実戦で試すといった繰り返し・反復が行えます。
物事には段階というものがありますが、そこにちょっと触れてみたいと思います。
まず、「基本」について。
まず何もわからず入った最初の段階は「基本の型」を習うと思います。
最低限習得しなくてはいけない部分であり、とらわれてはいけない部分がここです。
しかし、この「基本の型」が「全て」だと勘違いしている人が結構多い。
例えばストレートを真っ直ぐ打つようにと教えられ、まっすぐ打たないと間違いだと思い込む。
まっすぐ打つ事は「手段」であり、「目的」ではない。
リング上で相手と対峙して、単に真っ直ぐ打っても、防御技術を習得している人間、ボクサーにはまず当たらない事が多いです。
当たるのは真っ直ぐ打つからではなくて、当たるように打つから当たる。
それがたまたま真っ直ぐの最短距離が都合がいい事が存在する。
しかしながら「真っ直ぐ打って、真っ直ぐ引く」事が必ず最初にマスターすべきことであるのは間違いない。
つまり「基本の型」というのはそのままじゃ実戦に使えないことも多く、「考え」ながら、型からの「脱皮」、実際に使える形に作りかえる必要があります。
基本的に人間、骨格も違えば筋肉の付き方もそれぞれ違います。最初に身につけた「基本の型」を自分の体や特徴に合わせて自分のもっともやりやすいように「改良」していったらいいと思います。
「基本」と言われるものは、そのままでは役に立たない。
基本にとらわれて「基本を役立たせる」ことを主眼に置いた練習は本末転倒と言えます。
しかしながら基本があれば1を100にだってできます。 基本が大事である事に変わりはありません。
基本をふまえて、そこから独自の形を模索してこそ、「自分のボクシング」を作り出すことになります。
茶道の教え、「守・破・離」と同じです。
イチロー選手が自伝で日本の指導者は型に嵌め過ぎると言っていたと言います。
あの振り子打法も当初、一般的な打ち方に矯正されようとしたという事実があります。
もしそうなっていれば今のような偉業はなかったかもしれません。
色々なスポーツに於いて型に嵌め込もうとして潰れていく選手は想像以上に多いといいます。
プロ野球でも実に9割以上が潰されているとも聞きます。
個人的には方針としてその人の持ついいところを伸ばしていけばいいなと考えていますので、最初に「型」は教えますが、「型」に嵌め込む気は全くありません。
嵌め込み過ぎると体が違うと感じ、萎縮、ぎこちなくなり、また、違和感のある動き、気持ちでやっていく末には、最終的に怪我という形で現れます。
基本を踏まえたうえで、自分のやりやすい
ようにボクシングの形を作り上げていって下さい。 その手助けができればいいと考えます。